わたしがヲタクとして開花しだした頃…90年代前半、高校生の頃なんかは、
たとえばパソコンに関しては知識がないとそもそも使いこなせない敷居の
高いモノでしたし、
秋葉原のお店でヌルい質問をしてしまうと「もうちょっと勉強してからいらっしゃい」などと言われてしまい、パーツを売ってもら
えなかったりもしましたw
アニメの話をしていても、昔の映画のオマージュのシーンが分からなかったりすると、「もぐり認定」というか、
よ
り知識があるほうが偉いという感じで……とかく、ヲタクは、堅苦しかったわけですよ。
まあわたしにもその堅苦しさがあるわけで、こういう文章を書
いてるわけです(^^;)
というか、堅苦しいのが、ヲタクだったわけです。
たとえば、アイドルのファンになる時も、キャラがかわ
いければそれでいいはずなのに、
歌唱力だとか将来性だとか、1ファンなのに、まるで評論家のように、
そこに何か理由があるほうが、上だっ
た。
(だから、女なのに女のアイドルが好きなわたしと話が合う方に沢山会えたのですがね。)
本当にその作品自体に惚れ込んでいる
人もいれば、
アニメの中に出てくる可愛い女の子キャラに実は恋をしているけれど、
大義名分が欲しくて、語っている人もいた気がします。
(そ
んな中80年代の「レモンエンジェル」は偉大だと思うのですがそれはまた別の機会にw)
ヲタクの男性は、硬派でいなきゃいけなかった(硬派、って
死語ですねw)。
美少女フィギュアは高級品だったし、部屋に置いたら「なにかが終わる」みたいなあの感じw
今みたいに、「三次元はいらな
い」なんて、ネタだったとしても、言えなかったんです。
そんな90年代後半、パソコン通信の世界で「くぅ~」という言葉が流行しだしまし
た。
アニメのキャラやアイドルの可愛さに身をよじる様を表現したものです。
その後、その言葉は「萌え」に置き換わっていきました。
(わ
たしが最初に見たのはニフティサーブでの椎名へきるさんのライブビデオ実況で、でした。)
今思うと、「萌え」という言葉は、大の大人のヲ
タ男が口にすることを許された「カワイイ」だったのかもしれません。
「萌えは」「電車男」の出現までは、男性名詞でした。
こ
の「萌え」という言葉は便利でしたー。
この言葉が現れたせいで、2次元の女の子やアイドルが好きだ、かわいいと感じるということを、
理論
ではなく感情で表しても許される流れができたような気がします。
その後は、むしろその方が多数派になっていったのかもしれません。
そし
て、インターネットの発達によってより知識が多いほうがより偉いということもなくなり、
ニコ動の出現により文章ではなく「○○してみた」なんて表
現方法も現れ、ネタの時代になりwww
現在に至る。
90年代のヲタクの主な共通言語は「エヴァ」でした。
そして、実は京
アニ作品の「小麦ちゃん」などを経てw、
00年代最初の大きな共通言語は「ハルヒ」です。
この最大公約数ができたことで、既製の量産され
たコスプレ衣装が手に入りやすくなったことも大きいと思います。
DVDやBlu-rayディスクにはゲルマニウムをはじめとしたレアメタルが用いられているのに対して、今回発見された「五酸化三チタン」のナノ結晶は価
格が約100分の1である上に安全性も高く、光ディスクの材料として用いれば、従来のディスクとほぼ同じ強さの光でBlu-rayディスクの約200倍の
情報を記録できるとされています。
今後は実用化に向けて企業と共同研究することを目指しているそうですが、もし実現すると単純計算で現在最も容量の大きい2TB(2000GB)モデル
HDDの2.5倍にあたる、1枚あたり5TB(5000GB)の記録が可能なディスクが生まれるため、今では複数枚のディスクが必要となるため、手間がか
かる「HDDのバックアップを光ディスク1枚で行う」といった作業も簡単に行えるようになるのではないでしょうか。
ちなみに発表された論文は科学誌「Nature Chemistry」に掲載されています。
私が教員をはじめた頃,クラスのなかに分数計算ができない生徒が何人かいた.
そこで分数の計算の手続きの再確認をやろうとすると,
今度は,それはできるという生徒が面白くない.早く先に進んでくれという.
若かった私は大いに悩んだものだった.
そこであるとき,
分数はできるというがなぜ分数の乗法は分子と分母をそれぞれかけ,
除法は割る側の分数の分子と分母を逆にして同様の操作をすればよいのか.
それはなぜだか理由が説明できるか? こちらから質問した.
答えられるものがいなかった.
そこでもういちど,数の乗法や除法を,基本に立ちかえって授業した.
今度は誰にとっても初めてのことなので,みなよく聞き考えた.
ここから私の授業が進んでいったのだった.
これは貴重な経験だった.
どんなクラスにも,わからない生徒とすでに理解している生徒がいる.
そのとき,やり方がわかっている生徒にその方法の根拠を問う.
多くの場合,わかっているかいないかの違いは,
やり方を知っているかいないかの違いに過ぎず,
方法の根拠まで理解していることは少ない.
そこで一歩原則に立ちかえり,方法の根拠から一緒に考える.
これは,受験生に数学を教える今も,私の基本的な授業方法である.
日本の規制の多くは、「国民は自分で判断できないので、国民の行動規範は政府が決めます」という政府のパターナリズムと、正義や弱者保護をタテマエにして自分の既得権益を死守したいだけの、実際は弱者でもなんでもない勢力による政治過程、その2つの融合によってできている。ネットの薬販売規制などはその典型だろう。こうした規制やパターナリズムは、決して善や正義そのものではないし、むしろ善や正義に反する場合が少なくない。規制やルールを正しいと思い込むのは、<問題を考え抜いていない>のだ。<問題を考え抜いていない>から、政府を利用する既得権益者に「カモられる」のである
1:気になる子にだけ気を遣う。
これが「誰にでも」を脱出する第一歩。
2:気になる子でも必要以上に気を遣わず、言いたいことも言う。
そして、相手に対して「気を遣われてるな」って感じると、女性側も気を遣ってしまいます。
相手の心を開き、中のいい関係を作るにはまずはあなたから相手に対して心を開いてあげましょう。
女性はM気質の人が比較的多いのが現実。同姓同士では許せない人も男性に言われるのは、意外と嬉しい人が多いのです。
思ったことがあったら気にせず言っちゃいましょう。
3:相手の話を聞く。
これは、人の心理として、自分の話をちゃんと聞いてくれる人のところに人間は自然と行きたくなる生き物。
男性は女性の日常の話を聞くことをあまり好まない人もいますが、広い心を持って聞いてあげましょう。
女性は、それだけでも安心し、相手に会いたくなってしまう実は簡単な生き物なんです。
ただし、「誰にでも」をやめて「もてる男」になれるには、その前
に「いい男」であるこことが必須です。